散策マップ
(1)感恩碑
往古の広村の歴史に触れながら、災害から広村を守り、発展させてきた幾多先人の遺徳を偲び、最後に濱口梧陵の偉業とその徳を称えたもので、昭和8年12月に建立されました。
感恩碑に刻まれている言葉
(2)広川町役場前「稲むらの火」広場
広川町役場前にある、「稲むらの火」の物語を再現した広場。
(3)広村堤防
安政元年の津波を目の当たりにした濱口梧陵は、濱口吉右衛門氏と諮り、中世畠山氏の築いた波除石垣の後方に高さ5m、根幅20m、延長600mの大防波堤を安政2年(1855年)2月に着工し、安政5年(1858年)12月に完成させました。
工費銀94貫344匁(1,572両)の私財を投じ、延人員56,736人の村人を雇用することで、津波の被害で荒廃した村からの離散を防ぎました。
昭和13年12月14日、濱口梧陵墓とともに国に史跡指定されています。
(4)耐久社
耐久社は江戸時代末期の嘉永5年(1852年)濱口梧陵・濱口東江・岩崎明岳等によって剣術・漢学を教授する稽古場(私塾)として創設されたのが始まりであり、変遷を経て現在の耐久中学校となっています。
昭和33年4月1日、和歌山県に史跡指定されています。
(5)濱口梧陵銅像
昭和42年1月耐久中学校の校庭に建立
(6)濱口梧陵墓
濱口梧陵の墓は淡濃山の東南山麓にあり、墓碑の正面には「濱口梧陵墓」側面に「明治十八年四月廿一日 八代儀兵衛建」と刻されています。
(7)濱口梧陵碑
濱口梧陵の生涯の事績やその徳行を称えて、その没後建てられた碑である。濱口勤太氏によってその碑文を勝安房(海舟)に依頼し、撰文と題額の揮毫をうけたもので、広八幡神社境内の山手の一隅に明治26年4月に建碑されました。
(8)稲むらの火の館
濱口梧陵ゆかりの地に、数寄屋造りの木造家屋を活用し濱口梧陵の偉業を学ぶ「濱口梧陵記念館」と来るべき地震・津波に備え、「稲むらの火」や実践的な地震・津波防災を学ぶ「津波防災教育センター」が平成19年4月に開館しました。